
1991年に今世紀最大と言われたピナトゥボ(Mt.Pinatubo)の噴火。その山の神を信奉し、自然と共に暮らしてきたアエタ(Aeta・Ayta)と呼ばれる先住民族は、ピナトゥボ噴火のため山を追われ、平地に下り、新しい生活を始めることとなった。
しかし、かつてほぼ自給自足の生活を送っていたアエタ族には平地の生活に馴染めなかった。また、フィリピン政府からの明確な国籍はなく、教育も受けてなく、独自の言語を使用していることも馴染めなかった原因の一つである。
1971年に設立された非政府組織アダ(ADA:Aeta Development Asociation, Inc.:アエタ開発協会)では、現在アエタ族の真の経済的自立と、先祖伝来の正当な権利の回復を目標にした開発プログラムを継続している。
アダで農業指導員として働いているブーツ(Boutch)・同じく保健婦として働いていた妻のメラニー(Melanie)、日本NGOアクションスタッフのアツ(門井淳)の案内の下、1999年の夏、私たち4人は、フィリピン(Philippines)を訪れた。アクション主催のワークキャンプに参加するためである。
今回の目的は、アエタ族の集落の一つ、バリウェットに畑を造ることだった。ところが、直前になって、バリウェッド内で問題が起ったということで、取り止め。日程が大幅に変更され、働くつもりが、のんびりといくつかのアエタ字族の集落を訪れることとなった。
今回の参加者。
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ブーツ(右)とメラニー(左)。ブーツの持っているのは、アエタが狩りに使う弓矢。 |
以下に私たちが見ることのできたアエタ族をここに記す。